メル友の歴史
「メル友=メール友達」。メールが発達し、色んな情報を交換することからそう名付けられましたがメール以前はどうしていたのでしょうか。メールなどは近代文化における最も発展したものの一つです。まだメールが普及していない、インターネットが普及していない時代は「文通」という手法を用いて友達とやり取りをしていました。
今のメル友募集サイトや掲示板のように文通仲間を募集するようなものもありました。たとえば、雑誌などに自分の嗜好を掲載し、「自分はこういう人だというアピール」をしていました。募集する雑誌には、今では考えられないようなものも掲載していました。たとえば自宅の住所であったり、自宅の内部であったり。今の時代プライベートに引っかかるようなものは掲載しない時代ですが、昔はプライベートなど関係なく公開していたようです。
話を文通に戻しましょう。文通をする相手は遠くに住んでいることも少なくなかったようです。今の時代の言葉を使えば遠距離という言葉が当てはまるでしょう。文通を何度も繰り返すうちにお互い興味が湧いて「一度会いたいです」という風に繋がるのです。この時に、自分の写真なども一緒に送付したりします。今で言えばメールで何度もやり取りして、写メを送付するということと同じです。今だとその返事が早くて1分くらいで返ってきますが、文通だと直接書いていたので一つのメッセージを交換するのに早くて1週間もかかっていたようです。
文通の良さ
今の時代はメールという手段を用いる為、文字の字体が全て同じでその文字からはぬくもりを感じません。しかし、文通だと手書きな為一つ一つの文章や文字にぬくもりを感じます。字の綺麗さであったり、文字の書体であったり。返信が遅いことも文通の良さの一つだったようです。相手からの文通を待つ時間は常に「ドキドキ」感でいっぱいだったと言います。
文通には今のメールと似た良さも持っています。相手に対する返信を書く時の悩んでいる時間に酔っていた人も少なくありません。メールだと悩んだ内容の返答が直ぐきます。文通はそうではない。実際その悩んだ内容が良かったのかどうかは相手に届いて返信が返ってくるまで分かりません。
今の時代、インターネット社会が進んでしまいましたが昔ならではの良さがどんどん死んでいっているように感じます。文通と言うものは「日本だけの文化ではない」はずですが、時代がそれを求めていないのでしょう。
連絡手段は手紙だけ
今の時代、相手に連絡を取ろうと思えばメールも電話も存在します。昔は電話などありません。手紙の良さも文通と同じで手書きであったりぬくもりであったり。メールは今では元気なお年寄りでも使えますが、少し前だと若い人以外使えませんでした。手紙や文通だとどれだけ年齢を重ねても、どれだけ体が不自由になろうとも使える唯一の連絡手段です。
「メール」は打つと言う動作、しかもその人の感情などは一切読み取ることが出来ません。その文章から読み取ることは出来ますが、書体などでは100%不可能です。誤字脱字が無くなり読みやすくはなりましたが、それと同時に人の感情が無くなってしまったということです。メールは悪い部分しかないのかと言うとそんなことはありません。リアルタイムで返信が届くため直ぐに相手とやり取りすることが出来ます。自分が悩んでいる時に直ぐに答えを返してくれる、これがメールの良さであり、メル友の良さでもあると言うことは言うまでもありません。
「メールのメリット・デメリット」を把握している人はどちらも使いこなそうとします。好きな人には手紙を書き、そういった対象でない人はメールにするなどといった具合にです。そこまで使いこなしている人は、どのくらいいるのでしょうか。
なぜ今でも手紙は残るのか
昔の文化が今でも残っているのは非常に珍しいことではないでしょうか。その中の一つ「手紙」はどの時代になっても絶対消えることはないでしょう。「手紙の良さ」は未来へと受け継がれ、どれだけデジタル化したとしても残ります。それは、年賀状や暑中見舞いなどと言った文化が消えないのと同じです。いまだに文通仲間が残るのもそういった理由です。「メル友関係」を欲している人がなぜ増えるのか、このページで理解できたのではないでしょうか。
メールのメリット・デメリット
- リアルタイムで相手の気持などが文章として読み取れる。
- 不安や寂しさなどを瞬時に解消してくれる。
- メールの字に感情がないため冷たく感じてしまう。